短くて長い今日

なんでもないような事を、なんでもない事になる前に。

音楽

 

 

 

嬉しい時も悲しい時も、

いつでも音楽を聴いているんです。

 

 

 

最近よく聴く韓国のアーティストの曲は

歌詞の意味よりリズム感を意識していたいので

あえて意味や訳を調べないまま聴いています。

 

 

 

刺さる歌詞がある邦楽は、普段はあまり聴かないけれど

ここっていう時になぜか検索してしまうのです。

悲しい時はなんだかここにたどり着きますね。

音楽の世界なら泣いても笑っても何をしていても

誰にも見られずに許してもらえるような気がしてしまう。

 

 

 

中学高校の時になんどもなんども聴いて

カラオケで友達が熱唱するのをなんども見ていた曲を

明るい夜にはふと思い出すことが多いです。

あの時の記憶は、きっと冷凍保存しているまま。

 

 

 

今ある感情をどうにかしたい時は

なるだけファンタジーみのある楽曲を聴いて

感情を曲の主人公に持っていってもらうことにしています。

感情処理代行サービス、みたいな感じです。

私じゃなくて、この曲の主人公が悲しそうで苦しそうで

そうしたらちょっとだけでも気が楽になるものですから。

違法すれすれなことをしている気分になったりもしますが。

 

 

 

敢えて1人で帰って、誰も通らない道を通って

少しだけ声を出して、負けてやるかって口を噛んで

絵画みたいな空を見て、遠いんだなあって思って

そうやって帰ったあの夏を思い出す曲もあります。

頑張りたい時、思い出すのはそんな日々に寄り添ってくれた

ある曲であったりします、最近聴いていないなあ。

 

 

 

嬉しい時も悲しい時も、

いつでも音楽を聴いていたいのです。

 

 

 

茉莉花でした。