短くて長い今日

なんでもないような事を、なんでもない事になる前に。

FOCUS

 

 

 

冷蔵庫の野菜が少しくたっとなっていました。

 

 

 

賞味期限と消費期限。

できればどちらもくる前になんとか

うまく調理できればなあって思ったりしてます。

 

 

 

まあ、あれです。

ここまでは本当になにも意味のない話です。

 

 

 

本題らしきものに入りますね。

 

 

 

私たちは、実は嬉しいも悲しいも両方とも

ずっと同じくらい受け止めているのかもしれない。

それで、そのときの環境とか考え方とかに左右されて

なんとなく増減したように思えているだけかもしれない。

 

 

 

そんなことを何故か思い付きました。

 

 

 

新しく欲しかったものを買った時も

嬉しい!幸せ!のほうばっかり目にやって

お金をはたいたことは正当化するのが当たり前で。

 

 

 

外に出れなくなったときにだって

悲しい、つまんないのほうに目を向けて

ずっとやりたくて放っておいた片付けだったり

いつかやろうとしていたお料理のレシピとか

そういうのができることは頭にない。

 

 

 

極論です。

 

 

 

勿論極論です。

 

 

 

でも、そういうことなんですよ。

どちらに、目を向けるかなんですよ。

 

 

 

おんなじだけの幸せを

これ「だけ」と思うのか、こんな「にも」と思うのか。

 

 

 

勘違い、それでもいいでしょう。

 

 

 

 

茉莉花でした。