燻
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思い出せるのは、なるべく
甘くて優しいもののほうがいい。
昔によく使っていた駅のホームは
別に匂いもなにもしていないはずなのに
どこか懐かしい香りがしている気がしています。
駅の中にあるコンビニやお菓子屋さんも変わったけど
何も変わっていないように見えてしまいます。
何もいい思い出はないけれど
何かいい気があった錯覚もしないけれど
どこか戻りなくなることも全くないけれど。
懐かしい、という感情だけで
じゅうにぶんに価値があるように思えるのは
過去という名の錯覚の所為なのかしらね。
きっと帰ってくるたびに思い出す
ホームの柱の隣の出入り口だったり
必ず乗る車両の位置とその時間だったり
別に覚えていたってなんの得にもならない
そういうなんでもないものがある。
思い出すから、なんだって話なんですけどね。
ただ、思い出せるだけ、まだ綺麗であるなと。
タイムスリップして過去に戻れるのであれば
どこにも戻りなくはないんですけど、
だからといって今のままでいいとも思えずに
未だにぬかるんだ場所で足踏みをしています。
なにもかもぼんやりしていて、全部が滲んで
やがてゆっくりじっくり消えていきそうな
くすぶりまくった世界の中で、泡のように。
思い出にならないものを一つずつ
集めてまとめて、なんとか形を保っています。
茉莉花でした。
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